ジネディーヌ・ヤジッド・ジダン(仏: Zinedine Yazid Zidane 発音例、カビル語:Zinəddin Lyazid Zidan、阿: زين الدين يزيد زيدان、1972年6月23日 - )は、フランスの元サッカー選手、現サッカー指導者。
元フランス代表。 現役時代のポジションはミッドフィールダー(攻撃的ミッドフィールダー、左ミッドフィールダー)。 愛称はジズー(Zizou)。 サッカー史上最高の選手の1人とみなされている。 選手としては、1989年から2006年まで司令塔の役割だった。 FIFA最優秀選手賞、バロンドール、ゴールデンボール賞などの個人タイトルに加え、所属チームではワールドカップ、欧州選手権、チャンピオンズリーグ、リーガ、セリエAなどの主要タイトルをすべて獲得した。 UEFAゴールデンジュビリーポールでは、1位に選ばれた。 FIFA100選にも名を連ねている。 監督としてもレアル・マドリードの助監督やBチームの監督を務めた後にトップチームの監督に就任。 2016年1月4日トップチームに就任すると、1年目でクラブをチャンピオンズリーグ制覇に導いた。 2017年には、史上初めてとなるチャンピオンズリーグ連覇を達成し、選手、監督双方でオンズドール、FIFA最優秀賞を受賞した初めての人物となった。 レアル・マドリードへ史上初となるチャンピオンズリーグ3連覇など数々のタイトルをもたらし、2018年5月31日に自ら辞任した。 しかし成績不振のチームを立て直すため、再び2019年3月11日トップチームの監督に就任し、2020-21シーズン終了まで指揮を取った。 アルジェリアの少数民族カビール人(→ベルベル人)の両親の元に生まれたため、フランスでは「北アフリカ移民の星」としての象徴的な人気もある。 誕生から幼少期 兄5人と姉1人と、ジダンの7人兄姉弟の末っ子としてフランスマルセイユで生まれた。 両親は、アルジェリア独立戦争が起きる少し前の1953年にフランス領アルジェリアからパリに移住してきた少数民族ベルベル人で、一家は1968年から港町マルセイユ北部の北アフリカ移民が集まって住む一角で暮らし始め、やがて1972年にジダンが生まれた。 父のイスマイルは倉庫番とデパートの夜間警備員で、母のマリカは主婦だった。 一家が居住していたカステラン地区という場所は、失業率が高く、犯罪発生率も高い区域だったが、一家の暮らしは快適な方だった。 ジダンが5歳の頃に兄や近所の子どもたちと家の近くにあった800平米「おおよそバスケットコート2面分の広さ」ほどの広場でサッカーを始めた。 これがジダンとサッカーの出会いだった。 兄たちのうち、三兄のノルディーヌは自身と同じくらいサッカーの素質があったという。 オリンピック・マルセイユのファンであり、特にブラジュ・スリシュコヴィッチ、エンツォ・フランチェスコリやジャン=ピエール・パパンがお気に入りだった。 子供時代は父親の影響で柔道もしており、11歳の時に茶帯だった。 選手経歴 クラブ プロ入り前 9歳で地元クラブのASフォレスタに加入すると、すぐにその才能を認められチームキャプテンに抜擢された。 10歳の時には隣の地域にあるUSサン=タンリというASフォレスタよりも格上のチームの一員となった。 1983年に、SOセプテーム・レ・ヴァロンに加入した。 しばしばプロヴァンス地方の選抜チームでもプレーしたが、多くの出場機会には恵まれなかった。 14歳の時に参加したエクス=アン=プロヴァンスでの3日間のトレーニングキャンプで、ASカンヌのスカウトであるジャン・ヴァローの目に止まった。
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